多和田葉子『ゴットハルト鉄道』
「ゴットハルト鉄道」
ライナーが肝臓の手術を受けた前日、夢をみた。開かれたライナーの腹の中は、濡れて赤黒く、ペニスが何本も詰まっていた。サラミソーセージの詰め合わせのように。これだけ蓄えがあれば何があっても安心ね、と看護婦がやさしく言った。外科医は、厳しい顔をして、ひしめき合うペニスたちの間に同じくらいの大きさの雛人形をひとつ押し込んだ。人形の真っ黒な髪。目がすわっていた。そのままお腹を縫合せてしまうのだろうか、とわたしは心配になった。雛人形を表わす医学用語が分からないので、医者に抗議することができなかった。(34)
「無精卵」
新しい衣服の中で少女は迷子になった、と書いて女は笑った。誘拐犯人は古い服だけを盗んで子供を忘れていった、と書いてまた笑った。文章がふたつ出てくると、いつものように、それが入口の左右の柱のようになって、続きは自然に門の中から出てきた。(72)
男が書斎で鉄兜を被っているのを女は一度目撃してしまったことがあった。それは銀色の顎まですっぽり入る鉄兜で、左右に十センチくらいの長さの角が突き出していて、目の部分は庇を上げ下げできるようになっていた。その時、庇は下がっていた。男は兜を被っている他は、何も身に付けておらず、椅子にすわって膝に行儀よく手を置いていたが、両方の手の間から、勃起した性器が赤黒く起き上がっているのが見えた。まるで兜に届こうと背伸びするかのように、それはかすかに揺れていたが、身体の他の部分はセメントで固めたように不動のままだった。(59)
少女は一時間以上も音をたてずに台所にこもっていた 79
少女は何時間も音をたてずに台所にいることがある 85
102 知らない男から手紙が来た。あるビデオ専門誌に原稿を書いてほしいという
110 例のビデオ専門誌の編集者からまた手紙が来た
137 ビデオの専門誌から三通目の手紙が来た