さき

以下は、太宰治「女の決闘」(昭和十五年一月から六月まで連載) 1940 からの抜粋であるが、

 

女学生は一こと言ってみたかった。「私はあの人を愛していない。あなたはほんとに愛しているの。」それだけ言ってみたかった。腹がたってたまらなかった。ゆうべ学校から疲れて帰り、さあ、けさ冷しておいたミルクでも飲みましょう、と汗ばんだ上衣を脱いで卓のうえに置いた、そのとき、あの無智な馬鹿らしい手紙が、その卓のうえに白くひっそり載っているのを見つけたのだ。私の室に無断で入って来たのに違いない。ああ、この奥さんは狂っている。手紙を読み終えて、私はあまりの馬鹿らしさに笑い出した。まったく黙殺ときめてしまって、手紙を二つに裂き、四つに裂き、八つに裂いて紙屑入れに、ひらひら落した。そのとき、あの人が異様に蒼ざめて、いきなり部屋に入って来たのだ。

 

ここを読んでいると

昨年読んでいた、ナボコフ『ロリータ』「静かに復活させられて」での駐車違反の紙を裂いていた箇所を思い出した

https://candysearchlight.hatenablog.com/entry/2022/04/02/131230

 

静かに復活させられて、(Quietly resurrected, )
お向かいさんが姪御たちに車椅子を押してもらってポーチに現れ、まるでそこが舞台で私が主演男優みたいだった。声をかけてくれないことを祈って、私は車へと急いだ。なんて急な坂道なんだ。なんて奥の深い大通りなんだ。ワイパーとフロントガラスのあいだに駐車違反の赤い紙がはさんであった。私はそれをゆっくりと、二つ、四つ、八つにちぎった。