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宇佐見りんの『推し、燃ゆ』(河出書房新社)に、深夜「ふと目が覚めてトイレに向かうと」母と姉のひかりが、姉がどう教えても勉強がまったくできず、何をやっても上手くできない妹のあかり=自分のことを居間で話しているのが聞こえた。ここのところが〈覗き〉の愉楽も味わえて抜群に面白い。
「毛」をめぐって:りんと弴 - 新simmel20の日記
いつの間にか、姿の見えない母の声に耳をそばだてていた。最後に、ごめんね、と謝るのがはっきり聞こえた。「ごめんね、あかりのこと。負担かけて」 足の爪が伸びている。親指から、剃ったはずの毛が飛び出ている。どうして、切っても、抜いても、伸びてくるのだろう。鬱陶しかった。「仕方ないよ」姉はぽつりと言った。「あかりは何にも、できないんだから」 わざと、居間に入った。廊下のぼんやりとした暗さが嘘のように明るく、テレビや、母の買った観葉植物や、低いテーブルにあるコップの輪郭が急にはっきりとした。姉は顔を上げない。母がひらき直ったように「洗濯物持っていきな」と言った。 無視をした。ずんずん進み、ティッシュを一枚引き抜き、棚の一番下の引き出しから爪切りを出す。切る。音が鳴る。足の爪は四角いので切りづらく、いつも肉を挟んだ。母が何か言う。肉に埋まったそれを、爪切りの先で抉り出すようにして、また切る。爪のかけらが飛ぶ。ぜんぶ切ってしまうと、指から生えた毛が気になり、毛抜きがすでに使われていることに気がついた。(pp.58〜59)
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