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2011~2014年くらいにネットで読んだであろう怖い話をまた読みたくなった
怖い話というよりも不思議な感じの話で、
田舎を歩いてて金属の階段があったので降りたら
地下に工場のような施設があって・・みたいな

背景が黄緑色のチープなサイトで読んだことだけ覚えている

 

近鉄の歴史をたどると西本・仰木のすごさを再確認してしまう… – 青二才は振り向かない!!

5/18

 これらはある種のエリート主義の唱導です。彼らの潜在的見本は倒幕運動です。義務教育の教科書には「尊王攘夷を掲げた下級武士が倒幕運動を主導した」とあるけど、考えてみると変です。なぜなら倒幕に成功するや否や維新政府は尊王開国に舵切りしたからです。真実は、薩摩藩でいえば、島津斉彬どころか西郷隆盛まで「動員の為の攘夷」を自覚していたのです。

 倒幕と維新政府樹立に成功するや否や士農工商を廃止して武士から力を奪い、一挙に尊王開国に向けてシフトすることが、エリート層の暗黙的合意だったと思います。これはいわば「騙しによる動員」でしたが、「終わり良ければすべて良し」に向けた周到かつ莫大な努力だったという意味で、マックス・ウェーバー的には全面的に肯定できることです。

大塚英志, 宮台真司『 愚民社会』34頁

 

奥仲麻琴が香港に、濱野りれはマカオ

 

運命 - Yourpedia

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朝、9時くらいにpepsi refresh shotを飲んだ。

 

左澤 優(ひだりさわ ゆう、1994年12月28日 - )は、オリックス・バファローズに所属する神奈川県相模原市緑区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。

右田 雅彦(みぎた まさひこ、1965年6月18日 - )は日本の元プロ野球選手(外野手)。熊本県熊本市出身。九州学院高等学校卒業。兄は大洋、ロッテで投手として活躍した右田一彦。

 

5/10

am4:50くらいに目が覚めて、インターネットを見た

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朝、覚醒可能な選手が3人いることに気づいた。(プロ野球スピリッツというゲームの話)

成瀬善久、奥村政稔、福井優也

成瀬善久(なるせ よしひさ、1985年10月13日 - )は、オリックス・バファローズに所属する栃木県小山市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打

奥村政稔(おくむら まさと、1992年8月14日 - )は、大分県中津市出身[1]のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属

福井優也(ふくい ゆうや、1988年2月8日 - )は、岡山県英田郡西粟倉村出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属

テレビの天気予報を見た。「明日はにわか雨が降る」と言っていたと思う

夜7:30ごろ、菊地成孔名越康文のトーークを聞きにいったらおもしろかった。建物の前にモデルっぽい人が座ってスマホを触っていた。場所は、昔来たことがあるギャラリーの近く(2016年くらい。そのときちょうど読んでいた岡田利規の小説「わたしの場所の複数」の舞台みたいだと感じた)だった

10:30くらいにトークが終わり、帰宅して、終電で出かけた・・

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午後2時59分ごろ、福田永将(S)を獲得した。

【プロスピA】福田 永将(S)2019 シリーズ1 [中日ドラゴンズ]の評価・称号 | 俺辞苑

中日から、福田選手。
個人的和製大砲の上位に入る選手!サードは高橋周平くんが守ってたりするので、必ずしもサードって感じではないですが、この全体的な能力は及第点。
ベテラン枠になってきたと思うので、伸びしろ的にはあまりないかもですが、今年のしぶとい中日打線には欠かせない存在!!

 

福田 永将(ふくだ のぶまさ、1988年7月23日 - )は、神奈川県横浜市青葉区出身のプロ野球選手(内野手、外野手、捕手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属

横浜高校では打撃を買われ1年春からベンチ入り。2学年上の涌井秀章とバッテリーを組み、石川雄洋らとともに甲子園にも出場。レギュラーであったが、まだ1年で経験も浅かったために、試合終盤の大事な場面では交代させられることが多かった。2年春から4番打者を務めた。2006年春の第78回選抜高等学校野球大会では1学年下の高濱卓也、同期の佐藤賢治とクリーンナップを組み、主将として優勝を経験。同年夏は史上初の同校2度目の「春夏連覇」が期待されたが、大阪桐蔭に6-11と大敗し、大会初日に敗退。上記以外に同期には下水流昂、西嶋一記がいた。特に下水流とは小学校から高校まで同じチームでプレーした

2007年の自身初のキャンプ中に少女が落合監督の元へサインをもらいにやってきたが、その色紙にはすでに福田のサインが書かれていた。落合は「将来クリーンナップを打つ可能性のある男のサインで、価値がでるから大切に持っていてほしい」と断り、福田への期待を示した

2008年、春季キャンプで山本昌と同部屋になる。落合監督の指示もあり、本格的に捕手から内野手へ転向。この年も一軍出場はなかった。前年に同じく一軍出場のなかった堂上直倫清水昭信岩崎達郎がこの年に一軍出場を果たしたため、この時点で2007年入団選手の中で唯一の一軍経験のない選手となった。しかし、二軍では4番打者としてのスタメン出場もあり、フェニックスリーグでは石井一久から本塁打を放ち注目を浴びる